【ファイターズ語りたいブログ】HamFan★応援歌

日本ハムファイターズ大好き!そしてパ・リーグ大好き女子による語りです。

【F】中島卓也は『錨』であり『絆』だったんだ。

 

 中島卓也は、『錨』だったんだ。

 そんな言葉が浮かんできた中島卓也の引退試合前日にこの記事を書き始めています。

 でも、記事をポストするのは、引退セレモニーを見届けてからにします。

 今は、気持ちのなかに、中島卓也の引退を受け入れるスペースを確保している感じ。そこに何が入るかは、明日が終わってみないと分からないからね。

 

 長くプロ野球を好きでいると、色んなことがあります。

 好きなチームの中で起こることだけでも、順位は毎年だいたい違うし、監督が変わったり、見せてくれる野球が変わったり、

 少なくとも『また来年もまったく同じチーム構成で!』なんてことはありえません。

 

 野球が変わったから、

 監督が変わったから、

 好きな選手がいなくなったから、

 そんな理由で応援を辞めてしまう人も居るでしょう。

 

 そうじゃなくて、

 そんなことがあっても同じチームを応援し続ける人もいるでしょう。

 ファイターズを応援する人もいるでしょう。わたしも、『そっち側』です。

 

 例えば自分がファイターズを応援するようになった時と、今のファイターズとでは、野球の質が明確に違います。それは単純に失策数や犠打数、HR数などを見比べてみても明白なこと。応援し始めとは監督も変わりました。いま、ウチのボスが12球団で一番長く監督をやってると言われて、そういえばそうかと思いましたね。もしかしたら、長期政権に慣れすぎているのかも。

 それでも、一軍の試合を見ながら、結果に一喜一憂しながら、新しくでてきた選手の活躍を喜んだりしています。もしかしたら、このチームに中島卓也が活躍できる場所はもう無いのかもしれないなんて、薄らぼんやり理解していても。

 

 

 「卓が試合に出ないなら見ない!」

 なんて拗ねたことはないです。でもたぶん、ひとつの試合に対して注ぐ熱量みたいなものは、少しだけ落ち着いてしまったのかも。それでも、惰性じゃなくて、ちゃんと自分の気持ちとファイターズを結びつける要素がいくつかあります。そのひとつが、中島卓也の存在だったのだと思います。

 だから、『錨』、であり『アンカー』。WORD文書を作る時に、図形とかを挿入すると、その図形はドコを基準にして動かすかみたいな⚓マークが出ますでしょ?あれです。(伝わる人にしか伝わらない・・・。笑)

 そのアンカーを失ったら……?って少しの不安を抱えながら、9月22日のエスコンへ足を運んだわたしなのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、引退試合を終えた後に続きを描いています。

 すんごい試合でしたね。笑

 

 内野安打はちゃんと内野安打だったんだけど、それ以外の打席は、ボッテボテの右方向の内野ゴロ。THE☆遊撃手!みたいな守備の見せ場は残念ながらなく、代わりにエラーからの被弾という。笑

 でも、田宮選手の、ゆあ砲からのランナーへのタッチ(2回あったか💡)はやっぱり鋭くて、あれだってちゃんと見せ場。プロ野球生活最初と最後のヒットが内野安打なのも、中島卓也だなあって感じ。

 

引退の報道からずっと

 ……引退の報道が出た時に、やれ何年にベストナインを取って、盗塁王を取って、……って、出ましたよね。

「言われなくても分かってるよ」

 と思った人も多いはず。少なくとも、わたしはそう思いましたよ。言われんでもわかっとるわって、いちばんほしかったゴールデングラブは、UZRトップだった2016年でも取れなかったなって。通算HRは2本。最初に打った時、その年の春に目標として「HR1本」を挙げていたこととか。全部、リアルタイムで見ていたんですから。

 

 今季、チームが思うようにいかなくて、その時に「ベテランの不在」を感じました。

 こういう時に、成績でチームを引っ張ってくれるようなベテランが居たらなーって。ボスがそういう引き出しを持てなかったのもあるかもしれないし、存在感を示せるベテランがそもそも不在だったのかもしれない。

 中島選手がそんな存在だったらよかったんだけどね。

 

 代わりに引退試合では、後輩たちがちゃんと試合をひっくり返してくれた。

 それが、18年間、背中でチームを引っ張ってきた存在に対するチームの答えなのでしょう。

 

 

中島卓也というプロ野球選手

 賞も獲ってるし貰ってるけど、プロ野球の歴史という大河から見たら、めちゃめちゃ派手な選手……でもない。

 フィジカル面だって、もしかしたらプロ野球選手としてそんなに恵まれた方じゃなかったのかもしれない。

 代名詞の「粘り」だって、わたしの記憶が正しくばその年の甲子園で話題になった打法の逆輸入だし。ただ、できることをやりながら、努力を重ねながら、18年間プロ野球選手であり続けた。

 もしチームが違えば、監督が違えば、時代が違えば、何かひとつ違ったら、あの引退セレモニーは存在し得なかったかもしれない。

 

 わたしが初めて買ったファイターズのユニフォームには、背番号9が入っています。でも「野球人として、わたしが大好きだったファイターズの代名詞」じゃない。

 そうじゃなくて、ファイターズの選手としてそこに在りながら、色々な形で姿を見せ続けてくれていた。

 ファンとの絆、チームメイトとの絆、それをつなぎ続けてくれたのが、中島卓也という野球選手だったんだなって思います。

 

 ご本人のスピーチの最後、

 『これからもファイターズのことをよろしくお願いします』

 ……言うと思ったよ。笑

 そんなことを言われたら、「卓が引退したからもうファイターズを応援しない」とか言えなくなるじゃないか。最初から言うつもりもなかったけど!

 

 でも、思わず『言うと思ったよ』なんて呟いてしまうくらいには、中島選手の言葉として、違和感もなく、むしろいかにも言いそうなこと。

 選手会長であった人の言葉で、人気選手の言葉で、そして、たぶんこれからもファイターズに関わり続ける人の言葉。

 そう思うと、

 きっと、中島選手は現役生活をやりきったんだなって。

 だから、『これからも』なんだなって。

 もしかしたら『錨(アンカー)』は、別の姿、別の立ち位置になるだけの話かもしれなくて、もしそうなったとしても、18年間、紡ぎ続けていた『絆』は、何も変わらないんだろうなと思いました。

 

 ……9月22日エスコン。入場時は卓越の青が流れているだけで、目頭に力を入れなきゃ泣いてしまいそうだったし、北山投手も登場曲を卓越の青にしてるし、試合中も、ビジョンに映るみなさんの姿にも何度も何度も泣いてしまったけど、

 セレモニーが終わってみたら、何となく気持ちがすっきり。

 

 

 

 

 一人のプロ野球選手の、奇跡みたいなプロ野球人生を、ほぼ最初から、きっちり最後まで、見届けさせてくれてありがとう。

 そんな18年間の『絆』に、ありがとう。お疲れ様でした。

 

(AI編集にて座席に映り込んでた方を編集しています)

 

 

 ここまで読んでくださってありがとうございます。